29 Forced Termination

29 Forced Termination

 

29 強制終了

 

 コンピュータを使っているとときどき強制終了の表示が出て、困ることがあります。だいたいはうまく回避することができるのですが、ときには一切の操作を受け付けなくなってしまうことがあります。そのときはまさしく強制終了せざるを得ず、そうすると画面が真っ白になり、最初の画面に戻ってしまいます。田所さんも最初は急いでキーを操作して画面を真っ白にしたことが何回もありました。

 

 田所さんの場合、強制終了が表示されるのは、ワープロを用いているときで、それもそうなるときの状況はいつもだいたい決まっています。ワ-プロのキー操作がそれほど早いわけではありませんが、それでも指使いによってはある程度早くなることがあり、その二つの指の打鍵が時間的にほとんど重なっときのある種の場合に(全部と言うわけではありません)強制終了の表示となることが多いようです。思うに,同時打鍵によってコンピュータにほとんど同時に指令が出されたとき、コンピュータの頭脳がどちらの仕事を選んで行えばよいのか、混乱してしまうからではないでしょうか。

 

 それにしてもワープロなどのソフトは、ウインドウズなどのOSの上に載っているわけですから、もしも指使いなどで真正の誤作業が仮にあったとしても、OSには直接響かず、かなり安全度が高いはずなのに、強制終了などの一種の誤動作回避表示がなされてしまうのです。別にコンピュータ本体が悪いというふうにも言い切れません。たぶんにソフトの問題もあるでしょう。また再起動すれば普通に動くのですから。しかしコンピュータが自己判断に迷ってしまう状況が決して少なくない回数であることは事実です。ですから田所さんは、コンピュータ的なシステムが、ある条件のもとではかなり不完全になることがあるのを、身近な経験として知ってきました。

 

 田所さんは1980年代半ばには、半分以上は実験的なものであった8ビットのコンピュータを使っていました。OSはデジタル・イクイップメント社のPC/Mというものでした。当時としては、優れたOSであったと思われます。そこに5インチの今ではもう使われなくなった薄いフロッピーを入れるのですが、そのフロッピーディスクドライブがときどき暴走を起こすのです。いつまで経っても回転し続けるのです。そこでやむなくメインスイッチを切ってドライブを終了させることになります。そういうことが何度もありました。ちなみに同じフロッピーディスクドライブを使っても、ソフトがBASICのときはそのような暴走は一度もありませんでした。PC/Mの方がOSとしてはずっと複雑でしたから、そのとき使用していた8ビット機では機能的な処理が苦しかったのかもしれません。田所さんの知識では,そうした暴走の真の原因はもちろんわからなかったのですが、コンピュータには誤作動がかなりあることだけは、大事な経験として持ち続けてきたことになります。

 

 ですから、現在も放送や新聞で、高度な科学応用システムなどの安全性が問われるとき、関係した部門のたぶん広報担当者が、このシステムはきわめて安全なものですと言い切っているのを見聞きしていると、その言明自身がすでにきわめて非科学的であることを感じずにはおれません。ですから、そのシステムにもし事故が発生したりすると、担当者はこのシステムでは全く及びもつかなかった事例ですなどといつもいつも全く同じように答えるのです。これはその人が科学に携わる人ならば、言いかえればそのようなシステムの安定性・不安定性を知っている人ならばということですが、まったく人をだます欺瞞以外の何物でもないと思います。

 

 もともと科学システムに万全などあろう筈がないのです。低い確率でいつも事故は存在するのです。「全くおよびもつかないこと」がいつでもある一定の確率で存在しているのです。パソコンのフロッピーディスクドライブはかつて原因不明で暴走し、今もワープロソフトが突然に強制終了に至るのです。電気信号の流れである以上,これからもそれが起こる蓋然性を無にすることはできないでしょう。信号そのものはいつも流動しているからです。すべては電子の流れなのですから。システムの基盤のほとんどにコンピュータが介在する現代は、その点からきわめて不安定なものの上に存在するものです。膨大な資料がコンピュータ打鍵の二三操作で完全にこの世界から消滅してしまうのです。これがたとえば原稿用紙でしたら、一日中庭で焚火する材料として十分なものでしょう。

 

 コンピュータ社会では、ですから常に失敗を救うフェイル・セイフの施設が必要になってきます。先に述べた強制終了によるワープロ原稿の白紙化も予防するシステムが考えられています。自動バックアップ・ユーティリティなどと呼ばれるものです。これを用いれば、かなり安全度の高いハードディスクに自動的に分単位で不安定な画面上のデータを格納してくれるのです。これもまたひとつの電子システムですから完全とは言い切れません。そこで必要ならばさらに別のバックアップの方法を用意することになります。このようにしていくことでほとんどの、例外的な事故を防ぐことが可能でしょう。それでも一挙にデータが壊滅する危険性がないわけではありません。たとえばきわめて強力な信号たとえばウイルスが,瞬間的にすべての機械内部に入って、データなどを変質させることがないとは言い切れません。何しろ実体は1秒間に地球を何周もする電気信号なのですから。

 

 フロッピーディスク・システムの暴走は今も、田所さんに多くのことを教え続けています。あまりにも非科学的なことを科学の周辺に従事する人たちが述べたりすると、もっともフェイル・セイフを必要とするのは他ならない人間そのものではないかと、思うことがあります。さらに正確に言うならば、それらの人を含む組織、システムにこそフェイル・セイフが必要でしょう。あるいは現在も広く通行している次のような非科学的な論理をまず正さなければならないでしょう。

 

「このシステムは完全ですから、それを予防する方法は必要ありません。」

 

「この完全なシステムに事故が起こったのは、全く予期できないことでした」

 

「全く予期できないことでしたから、責任はありません」